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横浜地方裁判所 昭和49年(行ウ)12号 判決

原告 石神勇太郎

被告 藤沢税務署長

訴訟代理人 藤村啓 海老沢洋 木暮栄一 白井文彦 酒井義昭 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  請求の趣旨(原告)

(一)  被告が原告に対し、原告の昭和四四年分、四五年分ならびに四六年分各所得税についてした昭和四八年三月八日付各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する申立(被告)

主文と同旨。

三  請求の原因

(一)  (原告の申告)

原告は医師として藤沢市辻堂元町四丁目七番一九号において内科・小児科を専門に開業しているところ、昭和四四年、四五年、四六年の三か年(以下「本件三年分」という。)の所得税について、いわゆる白色で期限内に、別紙各年分の「確定申告」欄のとおり申告した。

(二)  (本件更正等)

被告は本件三年分の申告に対し昭和四八年三月八日別紙各年分の「更正・決定」欄のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件更正等」という。)をした。

(三)  (前審手続)

原告は昭和四八年三月二二日、本件三年分の本件更正等を不服として被告に対し異議申立てをしたけれども、被告は同年六月二九日「右異議申立てを棄却する。」旨の各決定をした。

原告は同年七月二八日、右各決定を不服として訴外国税不服審判所長に対し審査請求をしたけれども、同所長は昭和四九年一月二四日「右審査請求を棄却する。」旨の各裁決をした。

(四)  (取消事由)

しかしながら、本件更正等には取消されるべき違法事由として次のとおりのものがある。

1  (措置法第二六条の記載と同視しない違法)

原告は開業医であるから祖税特別措置法(以下「措置法」という。)第二六条(社会保険診療報酬の所得の計算の特例)が適用され、社会保険診療収入の内二八%の所得率をもつて算出されるべきである。

従つて、原告は従来から措置法第二六条を適用して所得税の確定申告を継続してきており、本件三年分についても同様の申告をしているものと信じていたところ、昭和四七年九月本件更正等の前提たる税務調査の際、本件三年分の確定申告書の「特例適用条文」記載欄に「措置法第二六条」の記入がない旨を被告所部係官に指摘され、はじめて右の脱漏に気付き、「同法条が適用されるべきである。」旨補正方を右係官に対し再三申し出たが、係官はこれを容認しなかつた。

そして本件三年分の確定申告書に「措置法第二六条を適用する。」旨を明記しなかつたとして、被告は「措置法第二六条を適用して総所得金額を算出することは認められない。」として、同法条を適用せず、一般の例に従い原告の総所得金額を推計し、本件更正等をしてきた。

しかしながら、本件三年分の確定申告書には「事業種目」欄に「医師」と明記されていたのであり、かつ、他に特段の記載もなく、措置法第二六条を選択しない例は皆無に近いから、同法条を適用して総所得金額を算出して申告したものと同視すべきである。

措置法第二六条の規定は医師の社会保険診療報酬が安く、しかも、適正な診療報酬は保険積立金の範囲内では支払うことが不可能であり、国の一般会計からの補填も不可能なため、税負担の軽減によつて保険医の所得保障を達成しようとしたものである。これは政策的に税以外の不公平を税の不公平によつて均分化しようとする制度であつて、本来合理的なものである。かように法律上認められた税に関する利益を受けることは納税者の権利であり、かかる納税者の権利を不当に侵害するような法律解釈は許されるべきではない。

従つて、措置法第二六条第二項に「前項の規定は、確定申告書に同項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には適用しない」とあるのは、必ずしも「特例適用条文」記載欄だけをみるのではなく、確定申告書の全体から税法に精通している税務署員が正確に客観的に、果して記載があるとみてよいか否かを判断せねばならないのである。

白色申告者である開業医が社会保険診療に関して、措置法第二六条の適用を受けないという例に皆無に近いので、税法に精通している税務署員であれば、原告の白色申告と、医師という職業欄を見ただけで「措置法第二六条」の文字の欠落に気付くはずであり、申告書に事業所得の計算のないことや被告が更正決定を出すほどに、原告の申告による所得額と被告の推計による所得額に差異があることからも、原告が措置法第二六条を適用して申告したものであることが判断できるはずである。しかも税務署員が上述の如く「原告は措置法第二六条の文字の記載もれをしただけで、同条を適用して申告したものである。」という判断をすることは、社会常識からみても正当なことであり、決して法の拡張解釈ではない。

2  (補正を許さない違法)

仮に措置法第二六条の記載がないものと判断されるとしても、前記のとおり昭和四七年九月税務調査の段階において、原告は被告所部係官に対し「確定申告書に『同法条を適用した』旨の記載を錯誤により脱漏したにすぎないから補正する。」旨の口頭による意思表示をしたから、これにて「同法条の適用ずみ」に補完されている。なるほど、措置法第二六条には、同法第二四条、第二五条の如き宥恕規定(第三項)がなく、又かかる補正の申し出については、その法的手続について何ら規定がないけれども、税額を増加させる修正申告や減少させる更正請求の他に、本件の如き社会通念上税務署員ならば当然判断できる納税者の明白な書き損じや記載もれの補正申し出が全く許されないというのは正義に反するので、税務署が更正決定をすることのできる三か年の期間内は、納税者は当然補正申し出をすることができると解すべきである。

3  (禁反言の原則違反)

原告は確定申告書に「特例適用条文」記載欄のなかつた昭和三九年分、昭和四〇年分には、営業種目欄「医師」の末尾に「措置法第二六条適用」と明記していたが(〈証拠省略〉)、「特例適用条文」記載欄のできた昭和四一年分には、同欄に「措置法第二六条」と記入した(〈証拠省略〉)。ところが昭和四二年分以降は、営業種目欄に「医師」と記入するのみで「特例適用条文」欄への記入を忘れてしまつた(〈証拠省略〉)。たまたま昭和四二年分の記載を忘れたために、次年度よりは、前年分の申告書を参考にして記入してゆくため「特例適用条文」欄の存在することに気付かなかつたのである。

これら原告の記載もれに対して、被告はこれ又長年にわたり、行政指導をすることなく特例の適用を認めてきたのである。

被告も又記入もれに気付かなかつたためか、医師であれば、特例適用は当然のことと考えられていたためか、昭和四四年に被告が原告に対して調査を行い、昭和四一年分と同四三年分との確定申告に対し修正の勧告や、更正決定を行つた際にも、被告は特例の適用を明記した昭和四一年分と記載していない昭和四三年分を全く平等に取りあつかつているのである。

右のような状況の中で、原告は右記載もれに気付かず申告を続け、昭和四七年に至つてはじめてこれに気付き、その補正を被告に申し出たのである。

長年にわたり記載もれの状況の中で、特例適用を認めながら、原告が記載もれに気付き補正を申し出た時に限り、急に従来の方針を一変して特例の適用を認めようとしない被告の態度は、親切な税務行政からほど遠く、禁反言の原則にも反するものである。

4  (更正権の濫用)

以上の如き事情があるにもかかわらず、敢て措置法第二六条を適用しない本件更正等に被告が踏切つた真の理由は民主商工会員である原告に対する国税庁からの特別の政治的指示によるものである。被告は本来税の公正をはかるために与えられた更正権を右の不当な政治的な目的のためにこれを濫用したものであつてこれは民主的な税制を保障する憲法にも違反する違法なものである。

5  (原価及び一般経費率の過少)

原告の一般経費は昭和四四年分が金二一、五八四、二三〇円、昭和四五年分が金二三、四八六、二五三円、昭和四六年分が金二四、二三四、二六五円で、いずれも経費率七二%を超えるものであるから、被告の平均算出所得率による本件更正等は、この点からも不当である。

(五)  (結論)

よつて本件更正等の取消を求める。

四  請求の原因に対する答弁(被告)

(一)  請求の原因第(一)、(二)、(三)項の事実は、いずれも認める。

(二)  同第(四)項中、

1の内、原告が開業医である事実、本件三年分の確定申告書に措置法第二六条を適用した旨の記載がなかつた事実、昭和四七年九月本件更正等の前提たる税務調査の際、被告所部係官が右不記載の点を原告に指摘した事実、これに対して原告側から右確定申告書の補正方を右係官に申し出があつたけれども被告側が応じなかつた事実、結局、被告が措置法第二六条を適用せず、一般原則に従い原告の総所得金額を推計して本件更正等をした事実、本件三年分の確定申告書の「事業種目」欄に「医師」と記載されていた事実は、いずれも認めるけれども、その余は争う。

即ち、右「医師」の記載をもつて措置法第二六条第一項により事業所得を計算したものとみることはできない。診療科目(内科・外科・産婦人科等)、経営規模等により、収入に対する必要経費率が七二%を超過する者もかなりあつて、医師のすべてが同法条の特例を選択するのでもなく、「医師」の記載をもつて右特例の選択とみることはできない。

なお原告は、措置法第二六条第二項の法意について「記載もれについても一切補正を許さない旨を明言しているものではない。」旨主張する。

しかしながら、措置法第二六条の規定は、事業所得の金額の計算(所得税法第二七条第二項)につき所得税法の定める必要経費の規定(所得税法第三七条)の例外的措置を定めたものであり、その趣旨は特定の政策目的を実現するため租税負担公平の原則を犠牲にして特定部門に対し租税負担の不公平を認めるもののである(田中二郎「租税法」四九頁、三九五頁参照)から、その解釈に当たつては文理に即して厳格に解しなければならず(東京高裁昭和四五年七月一三日判決・行裁例集二一巻七・八号一〇一八頁)、又、みだりに拡張解釈することも許されない(東京地裁昭和四四年一二月九日判決・シユトエル一〇二号四四頁)。特に、該条文には措置法の他の条文(例えば第一四条第五項)にみられるような救済規定は存在しない。従つて、行政庁の裁量の余地はないものと解せられる。

ところで措置法第二六条第一項は、「社会保険診療報酬がある場合には、事業所得の金額の計算上、当該報酬にかかる費用として必要経費に算入する金額は所得税法の規定にかかわらず当該報酬の百分の七二に相当する金額」とし、同条第二項は、「前項の規定は確定申告書に同項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には適用しない。」としているところから、確定申告書に措置法第二六条第一項の規定により計算した旨の記載がない限り同条第一項の適用を受けることができないことは明らかである。従つて、その場合には、所得税法の定めるところにより事業所得の計算を行うべきことはもちろんである。よつて、原告のいうような措置法第二六条についての解釈は何ら根拠のない誤つたものである。

2の内、昭和四七年九月の税務調査の段階において原告側から「措置法第二六条の記載を本件三年分の確定申告書に補正したい。」旨被告所部係官側に申し出があつた事実は認めるけれども、その余は争う。

原告は〈1〉確定申告書の「定例適用条文」欄に記載がなくても事業種目欄に「医師」と記載があること、〈2〉昭和四二年分、昭和四三年分との特例適用条文の記載は忘れたが何ら問題にされなかつたこと、〈3〉係争年分については本人の補正申し出により特例条文適用の意思がはつきりしていること、〈4〉措置法第二六条の場合は宥恕規定の有無にかかわらず口頭にても補正が許されること、〈5〉補正の申出が許されなければ納税者に不利であり不公平な結果となること等を理由として、期限内申告書(国税通則法第一七条)の記載につき法定申告期限(国税通則法第二条第七号、所得税法第一二〇条)後においてもその補正が認められるべきであると主張するようである。

しかしながら、一旦なされた確定申告は原則として法律に定められた手続に従つてのみ、これを是正することが許されるのであり、右手続によらずに「補正の申し出」によりこれを是正する途はないのである。

更に申告納税制度は、本来民主的、かつ、能率的な税務行政の運営のため自己の所得等について最も知悉している納税者の申告に租税債務確定の効果を認め(国税通則法第一六条第一項第一号)、これに基づき爾後の手続を進めることを予定した制度であるから、法定申告期限(三月一五日)内の場合は別途考慮する余地はあるにせよ、申告期限後において納税者の申告により確定した租税債権が法定の手続によらず単に納税者の都合ないし不注意を理由として是正し得るものでないことは当然であり、従つて、原告の主張は法の明文に反する独断というべきである。

3の禁反言の原則違反の主張は争う。

原告は「昭和四二年分及び昭和四三年分の確定申告書の「特例適用条文」欄の記載もれについて、被告は行政指導もなく特例適用を認めながら、本件三年分に至り従来の方針を一変して特例の適用を認めようとしない態度は禁反言の原則に反するものである。」と主張している。

しかしながら、被告は昭和四一年分から昭和四三年分についての確定申告書に対し書面審査を行い、その結果昭和四一年分及び昭和四三年分について申告書面で明らかに認識できる寄付金控除・扶養控除等の誤りについて更正処分を行つたにすぎない。なお、昭和四一年分及び昭和四三年分の右更正処分に対する異議申し立ての審理に際し争点事実を調査するために係官が原告方に臨場したが、これは右事実の審理のみに限られており、事業所得の内容まで立入つて調査したわけではなく、従つて、昭和四二年分及び昭和四三年分について、措置法第二六条第一項を適用する旨の記載がないのに適用することを認めたものではなく、単に原告は右特例の適用を受けないものとして処理していたに過ぎない。

そもそも措置法第二六条第一項の適用による例外的な利益を受けようとする者の意思表示は本人の任意に決すべきことであり、確定申告書の記載については本人に責任があり、その記載もれを税務職員の責任に帰せしめることは原告が自己の責任において措置法第二六条第二項所定の手続を覆践しなかつたことの結果を他人の責に帰せしめようとするものにほかならず(昭和四九年一一月二一日大阪高裁判決昭和四七年(行コ)第二八号)、本件に禁反言の原則を持ち込み云々することは全く理由のないところである。

4の更正権濫用の主張は否認。

被告は本件三年分の各確定申告書には、措置法第二六条の特例を選択した旨の記載がなかつたため、右特例を適用しないところにより本件更正等を行つたものであつて、原告のいうような目的のために更正権を濫用したものでない。

なお、原告が主張するような、いわゆる他事考慮に基づく更正処分であるか否かは、本件更正等の取消訴訟については無関係な事柄である(東京地裁昭和五〇年三月一七日判決・訴訟月報二一巻五号一一四七頁参照)。

5の実際の経費率についての主張は全部争う。

五  被告の主張

(一)  (推計による更正等の要件充足)

1  被告が本件三年分の確定申告書を検討したところ、いずれも「事業所得の計算欄」には、結論のみの所得金額が記載されているのみで、収入金額及び必要経費の額の記載が全くなく、かつ、収支計算書等の添付もなく、そのため、社会保険診療収入及び自由診療収入の各収入金額・必要経費の区分及びその金額は全く不明であつた。特に昭和四六年には医師の社会保険診療辞退がなされ、かなりの自由診療収入が見込まれるにもかかわらず、その区分、金額の記載はなかつた。又、右各申告書には、措置法第二六条の適用を受ける旨の記載がなく、必要な添付書類である収入金額、必要経費の記載、収支計算書等もなかつた。

2  そこで、被告は申告金額の算出根拠を調査すべく、被告の所部係官をして、原告宅に六回にわたり臨場させた。その経緯は、次のとおりである。

(1) 被告所部係官二名は、昭和四七年九月一四日午後一時頃原告宅に臨場した。

右係官が原告の妻と面接し、身分証明書、検査章を呈示し、「本件三年分の所得税の調査にきたので、原告と面接したい。」旨来意を告げたところ、原告の妻は、「主人は、高砂小学校の校医で今から修学旅行に行く生徒の健康診断に出掛けるところである。税金のことは私でわかる。」旨申し出た。

そこで係官らは、原告の確定申告額の計算の基礎となる帳簿書類等の呈示を求めたところ、原告の妻は、「帳簿はないが、申告関係の資料は民主商工会に保管してある。又、申告は民商の松井事務局員に計算して出してもらつた。」旨申し立てたので、係官は、原告の妻に「九月一八日に再度調査にうかがうから同日までに右資料を民主商工会より取寄せておくよう。」依頼し、更に医薬品等の購入先、取引銀行、事業従事員等について聴取して、午後二時頃原告宅を辞去した。

(2) 被告所部係官二名が同月一九日午後一時三〇分頃原告宅に臨場したところ、原告は不在であり、原告の妻と民主商工会の鳥井及び松井両事務局員が応待した。

係官が、原告の妻に先日依頼しておいた資料の呈示を求めたところ、松井、鳥井の両事務局員は、「措置法第二六条で計算した。」旨述べるのみであり、又、原告の妻は、「そんなことをいつたつて、この人(松井事務局員を指す。)には、何万も給料を払つているし、こういう時に働いてもらわないとあわないですよ。だからこの人を活用して下さいよ。」等と言うのみで、資料の呈示は得られなかつた。

そこで係官は、このような状況では、調査の進展の見込みはないと判断し「九月二七日に、再度調査にうかがう。」旨約して同日午後四時頃原告宅を辞去した。

(3) 被告所部係官二名は、同月二七日午後一時頃原告宅に臨場したが、原告はまたも不在であり、原告の妻と居間にて面接した。

係官は、原告の妻の求めに応じ、措置法第二六条第一項規定の適用の要件等について説明していたところ、松井、鳥井の両事務局員が入つて来た。

係官は、原告の妻に再度資料の呈示を求めたところ、松井事務局員は、鞄の中から紙片を取り出し昭和四六年分について、次のように読みあげた。

〈1〉 保健料収入

三三、四九一、四五三円×二八%=九、三七七、六〇六円

〈2〉 自由診療収入

一、一八三、七一二円(七月分八七五、〇〇〇円 七月以外三〇八、七一二円)×六四%=七五七、三六二円

〈3〉 自由診療分の人件費

一四九、八六〇円(人件費の総額二、〇〇五、五四〇円)

差引計

九、九八五、一〇〇円(〈1〉+〈2〉+〈3〉)

係官は、右数額を確認するため原告の妻及び松井事務局員に対し、右用紙と算出資料の呈示を求めたけれども、原告側は応じなかつた。

(4) 被告所部係官二名は、同年一〇月一一日午後一時頃原告宅に臨場したが、原告不在のため、原告の妻と面接した。

係官は、前回松井事務局員が続み上げた合計額では算出根拠が不明である等内容が不十分である旨を説明したところ、原告の妻は、「白色ですから領収証は見せる必要はないでしよう。保険については二八%で計算できますし、青色申告なら記帳するでしようが帳簿を記載する時間がないから民商に頼んでいるのですよ。」と述べるのみで全く資料の呈示をしなかつた。

(5) 被告所部係官二名は、同月一二日午後一時頃原告宅に臨場し、初めて原告と面接した。

原告から、「医業の場合は法律で二八%が所得と決まつているわけだから、わざわざ申告書に書かなくても良いのではないか。」と質問されたので、右係官は「特例の適用は、申告書に特例を適用して事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には適用できない。」旨説明したうえ、自由診療収人と保険収入の各町別及び窓口の収入並びに月別診療点数等の内訳、更に人件費、建物と車両の取得月日・取得金額等について説明を求めたが、原告は回答をしなかつた。

(6) 被告所部係官は、同年一一月二八日午後一時三〇分頃原告宅に臨場し、原告と面接し、昭和四四年分と昭和四五年分との所得金額算出資料の呈示を求めたけれども、原告は応じなかつた。

3 右のとおり被告の行つた税務調査に対し原告は非協力であり、実額計算に必要な信頼できる帳簿や資料も得られず原告の総所得金額の実額を被告において把握できなかつたので、やむを得ず所得税法第一五六条に基づき本件三年分の各総所得金額を推計して本件更正等をした。

(二) (昭和四四年分の総所得金額)

原告の昭和四四年分の正当な総所得金額は、以下説明(以下の「総収入金額」は、各年分とも事業所得に係るそれをいう。)のとおり、金一四、九八三、九九一円であるから、その範囲内である金一三、五六七、三七六円を総所得金額とする本件更正等は適法である。

順号

項目

金額

摘要

1

総収入金額

三一、七〇二、八三四

2

原価及び一般経費

一四、八八七、六五〇

3

特別経費

一、八三一、一九三

内訳

(1)雇人費

一、八一〇、二三一

(2)地代

五、五三一

(3)建物減価償却費

一五、四三一

4

事業所得の金額

一四、九八三、九九一

〈1〉-〈2〉-〈3〉

5

総所得金額

一四、九八三、九九一

1 総収入金額 金三一、七〇二、八三四円

右総収入金額は、社会保険診療収入の金額である。

なお、その内銀行預金口座入金額(社会保険診療報酬の保険者負担分として原告の預金口座に振込まれたものである。以下同じ。)は金二二、二一一、〇〇六円である。

2 原価及び一般経費 金一四、八八七、六五〇円

右原価及び一般経費については、原告から関係資料の提示がなく、実額による計算が出来なかつたので、前記1の総収入金額金三一、七〇二、八三四円に、別表一のAからGまで七名の同業者の平均経費率(原価及び一般経費の収入合計に対する割合。以下同じ。)を乗じて次のとおり算出した。

算式  総収入金額 平均経費率 原価及び一般経費

31,702,834円×46.96% = 14,887,650円

3 特別経費 金一、八三一、一九三円

右特別経費の内訳は次のとおりである。

(1) 雇人費  金一、八一〇、二三一円

(2) 地代       金五、五三一円

(3) 建物減価償却費 金一五、四三一円

4 以上の差引残金一四、九八三、九九一円が正当な総所得金額である。

(三) (昭和四五年分の総所得金額)

原告の昭和四五年分の正当な総所得金額は、以下説明のとおり金一五、五〇〇、四五四円であるから、その範囲内である金一四、九〇八、一二二円を総所得金額とする本件更正等は適法である。

順号

項目

金額

摘要

1

総収入金額

三三、七二五、七〇九

2

原価及び一般経費

一五、一六九、八二三

3

特別経費

一、九四六、六九九

内訳

(1)雇人費

一、九二五、七三七

(2)地代

五、五三一

(3)建物減価償却費

一五、四三一

4

事業所得の金額

一六、六〇九、一八七

〈1〉-〈2〉-〈3〉

5

譲渡所得の金額

△一、一〇八、七三三

6

総所得金額

一五、五〇〇、四五四

〈4〉-〈5〉

1 総収入金額 金三三、七二五、七〇九円

右総収入金額は、社会保険診療収入の金額である。

なお、その内銀行預金口座入金額は金二四、三〇六、一一九円である。

2 原価及び一般経費 金一五、一六九、八二三円

右原価及び一般経費については、原告から関係資料の提示がなく実額による計算が出来なかつたので、前記1の総収入金額金三三、七二五、七〇九円に別表二のAからGまで七名の同業者の平均経費率を乗じて次のとおり算出した。

算式  総収入金額 平均経費率 原価及び一般経費

33,725,709円×44.98% = 15,169,823円

3 特別経費 金一、九四六、六九九円

右特別経費の内訳は次のとおりである。

(1) 雇人費  金一、九二五、七三七円

(2) 地代       金五、五一三円

(3) 建物減価償却費 金一五、四三一円

4 以上の差引残金一六、六〇九、一八七円が事業所得の金額である。

5 譲渡所得の金額 △一、一〇八、七三三円

原告の申告した損失金額である。

6 右業事所得の金額から右譲渡所得の金額(損失)を控除した残金一五、五〇〇、四五四円が総所得金額である。

(四) (昭和四六年分の総所得金額)

原告の昭和四六年分の正当な総所得金額は、以下説明のとおり金一八、二〇四八八七三円であるから、その範囲内である金一七、三八二、四〇八円を総所得金額とする本件更正等は適法である。

順号

項目

金額

摘要

1

総収入金額

三五、一三五、八四七

2

原価及び一般経費

一四、九〇一、一一二

3

特別経費

二、〇二九、八六二

内訳

(1)雇人費

二、〇〇八、九〇〇

(2)地代

五、五三一

(3)建物減価償却費

一五、四三一

4

事業所得の金額

一八、二〇四、八七三

〈1〉-〈2〉-〈3〉

5

総所得金額

一八、二〇四、八七三

1 総収入金 三五、一三五、八四七円

右総収入金額は、社会保険診療収入金三三、九五二、一三五円(但し内金二四、八一九、〇一一円は銀行領金口座入金額である。)と自由診療収入金一、一八三、七一二円との合計金額である。

2 原価及び一般経費 金一四、九〇一、一一二円

右原価及び一般経費については、原告から関係資料の提示がなく実額による計算が出来なかつたので、前記1の総収入金額金三五、一三五、八四七円に別表三のAからGまで七名の同業者の平均経費率を乗じて次のとおり算出した。

算式  総収入金額 平均経費率 原価及び一般経費

35,135,847円×42.41% = 14,901,112円

3 特別経費 金二、〇二九、八六二円

右特別経費の内訳は次のとおりである。

(1) 雇人費  金二、〇〇八、九〇〇円

(2) 地代      金 五、五三一円

(3) 建物減価償却費 金一五、四三一円

4 以上の差引残金一八、二〇四、八七三円が正当な総所得金額である。

(五) (右原告価及び一般経費の推計の合理性)

1 本件三年分の「原価及び一般経費」の推計算出の基礎とした経費率は前記のとおり別表一、二、三に掲げる同業者AからGまでの七名の平均経費率である。

2 右平均経費率の算出の基礎となつた同業者は、被告の管内において、原告と同業種である内科医を開業し、かつ、昭和四四年、昭和四五年及び昭和四六年の各年分において連続して青色申告書を提出している者の内、原告と事業規模が同程度と認められるもの、即ち社会保険診療収入の内銀行預金口座入金額が、原告の同金額の五割以上二〇割以下の範囲内にあり、かつ、入院設備を有していないものである。

六 右被告の主張に対する答弁(原告)

(一) 被告の主張(一)1の事実は認める。

同(一)2(1)の事実は認める。

同(一)2(2)の内、被告所部係官が、その主張の日に原告方に臨場し、原告の妻と訴外鳥井、松井両事務局員とが応待したけれども資料を呈示しなかつた事実は認める。

同(一)2(3)、(4)、(5)、(6)の各事実は認める。

同(一)3の内、推計により本件更正等がなされている事実は認めるけれども、その余は争う。

(二) 被告の主張(二)、(三)、(四)の内容2「原価及び一般経費」を争い(従つて、本件三年分の被告主張の総所得金額を争い)、その余の事実は認めるけれども、結局のところ、本件更正等は原告の総所得金額を過大に認定していることに帰する。

(三) 被告の主張(五)は不知。

七 証拠〈省略〉

理由

一  (争いのない事実)

請求の原因第(一)項(原告の申告)、第(二)項(本件更正等)及び第(三)項(前審手続)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  (本件更正等の取消事由の存否)

(一)  (措置法第二六条の記載と同視しない違法について)

第一点として、原告は「本件三年分の確定申告書の「事業種目」欄に「医師」と記載しておき、かつ、措置法第二六条を選択しない開業医は皆無に近いから、同法条を適用しているものと同視すべきである。」旨主張する。

なるほど、本件三年分の確定申告書の「事業種目」欄に「医師」と記載されてはいるが、「措置法第二六条第一項」を適用した旨の記載がどこにもない事実は当事者間に争いがなく、かつ、同法条を選択した旨を裏付けるに足りる書類(収支明細書)等を申告の際に被告へ提出していなかつた事実は、〈証拠省略〉によつてこれを認められる。

そして、措置法第二六条第一項の規定は、開業医(個人)の社会保険診療報酬の所得計算につき、一般の事業所得の金額の計算(所得税法第二七条第二項、第三六条、第三七条)の例外として(租税負担公平の原則を犠牲にして)、右報酬の七二%を必要経費に算入できる旨の特例を認めたものであり、措置法第二六条第一項の適用を受けるためには、同法条を選択した旨を確定申告書に記載する必要があり、その記載がない以上、右特例は適用しない旨明文をもつて規定されている(措置法第二六条第二項)。従つて、右認定事実の如き本件三年分の確定申告書をもつて、措置法第二六条を選択した旨の記載があつたと同視することはできないと解するのを相当とするので、この点の原告の主張は失当である。

(二)  (補正を許さない違法の存否について)

第二点として、原告は「本件三年分の確定申告書に措置法第二六条を選択した旨の記載がなかつたと認められるとしても、昭和四七年九月税務調査の段階で、右不記載は原告の錯誤により脱漏したに過ぎず、補正する旨を口答で意思表示したから、補正され、同法条が適用されるべきである。」旨主張する。

そして、右主張の如き補正の申し出がなされたが、被告側においてこれに応じなかつた事実は、当事者間に争いのないところである。しかしながら、確定申告書の記載につき錯誤が仮にあつたとしても、その錯誤が客観的に明白かつ重大で、法定の是正方法以外の方法による是正を許さなければ納税義務者の利益を著しく害する段階の事情がある場合に限り右錯誤の主張が許容されるべきであるところ(最判昭和三九年一〇月二二日判決民集一八巻一七六二頁)、〈証拠省略〉によれば、本件三年分の確定申告書に「特例適用条文」欄まで印刷されていたにもかかわらず、原告側で記入しなかつた事実が認められるにとどまり、その他右「特段の事情」を認めるに足りる証拠はない(即ち措置法第二六条第一項の率による控除は認められないにしても、平均の経費率により控除されている。)本件においては、右錯誤による脱漏の主張も失当である。

その他、補正ずみである旨の原告の主張は、その補正を許容する根拠法がないから、これも採用できず、結局被告において補正を認めなかつた点に違法はないというべきである。

(三)  (禁反言の原則に違反しているか否かについて)

第三点として、原告は「昭和四二年と翌四三年との確定申告書には措置法第二六条を選択した旨の記載がなくとも不問に付しながら、本件三年分に至り、急拠右記載がないから同法条の適用を認めないとする本件更正等は禁反言の原則に反する。」旨主張する。しかし、昭和四二年分と昭和四三年分との二か年分について措置法第二六条第一項を適用したうえでの総所得金額を算出したものと裏付けるに足りる証拠はなく、〈証拠省略〉によれば、右二か年分については更正の期間制限(三年)の制約により更正ないしそのための税務調査の対象にしなかつただけであつた事実が認められるので、従来からの被告の原告に対する同法条適用についての態度が急変したものとは解し難く、その他禁反言の法理を適用すべき事実を認めるに足りる証拠はないので、この点の主張も失当である。

(四)  (更正権の濫用であるかについて)

第四点として、原告は「民主商工会員であるが故に国税庁側の特別の政治目的のために措置法第二六条を適用しない本件更正等に及んだことは、更正権の濫用であり、憲法違反でもある。」旨主張する。

〈証拠省略〉によれば、原告が従前から民主商工会の会員であつた事実は認められるけれでも、民主商工会員なるが故の差別のためめの更正権濫用に基づく本件更正等であつた旨の主張に副う原告本人尋問の結果は措信できず、他に右主張を裏付けるに足りる証拠はない。従つて右主張も失当である。

(五)  (原価及び一般経費率の過少認定の存否について)

第五点として、原告は「本件更正等における事業所得の金額推計の基礎とした『原価及び一般経費率』が過少であるために事業所得の金額が過大に認定され、ひいては総所得金額(課税標準)が過大に認定されている違法がある。」旨主張するので、順次検討する。

1  原告は本件三年分の原価及び一般経費として「昭和四四年分が金二一、五八四、二三〇円、昭和四五年分が金二三、四八六、二五三円、昭和四六年分が金二四、二三四、二六五円であり、いずれも七二%を超過していた。」旨主張するけれども、これを肯認するに足りる証拠はない。

2  次に、被告主張の原告及び一般経費について検討する。

〈証拠省略〉弁論の全趣旨によれば、被告の主張(五)の事実が認められる。これによれば、原告と類似性のある同業者の診療収入総額に対する一般経費率が次のとおりであることは計算上明らかである。

昭和四四年分……四六・九六%

昭和四五年分……四四・九八%

昭和四六年分……四二・四一%

そして、右類似性ある別表一、二、三のAからGまでの七名の同業者というのは、被告の管内において内料医として開業しており(入院設備を保有せず)、昭和四四、四五、四六年にわたり連続して青色申告書を提出している者にして、かつ、その社会保検診療収入のうち銀行領金口座入金額が、原告のそれの倍額を上限とし、その半額を下限とする範囲内にある者全員であるところ、右によれば、かかる七名の右平均経費率を原告の本件三年分の原価及び一般経費の推計に用いることは合理性があるものと解するのを相当とする。

3  従つて右平均経費率により原告の「原価及び一般経費」(以下本項では単に「一般経費」という。)を算出すると、次のとおりになることは計算上明らかである。なお本件三年分の各総収入金額は当事者間に争いがないところである。

(1) 昭和四四年分

総収入   金三一、七〇二、八三四円

平均経費率 四六・九六%

一般経費  金一四、八八七、六五〇円

(2) 昭和四五年分

総収入   金三三、七二五、七〇九円

平均経費率 四四・九八%

一般経費  金一五、一六九、八二三円

(3) 昭和四六年分

総収入   金三五、一三五、八四七円

平均経費率 四二・四一%

一般経費  金一四、九〇一、一一二円

4  以上説示したとおり、争いのない事業所得に係る総収入金額をもとに前示同業者の平均経費率により「原価及び一般経費」を推計算出し(右推計方法が合理性を有するものであることは前示のとおりである。)、これと争いのない「特別経費」とを右総収入金額より控除すると(但し、昭和四五年分については、更に争いのない「譲渡所得の金額」《損失》金一、一〇八、七三三円を控除すると)、被告の主張(二)、(三)、(四)のとおり昭和四四年分として金一四、九八三、九九一円、昭和四五年分として金一五、五〇〇、四五四円、昭和四六年分として金一八、二〇四、八七三円の

各総所得金額があつた旨推計認定し得るところ、いずれも、その範囲内の金額をもつて総所得金額(課税標準)としてなされている本件更正等には経費率の過少に伴う総所得金額を過大に認定した違法はないというべきである。

三  (結論)

以上のとおり、本件更正等に対する原告主張の取消事由は、いずれも理由がないので、本訴請求は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤廣國 龍前三郎 川勝隆之)

別表〈省略〉

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